空はずっと重たい灰色の雲に覆われていて、それこそ毎日のように白い雪を大地へと降り注ぐ。
自分が生まれ育ったノディオンの冬だって、決して楽なものではなかったけれど。
それでもシレジアにいると、それがどれだけ優しいものだったかを日々実感する。
「今日もまた、雪が降ってる」
ほんの少し開いたままの窓掛けの隙間に手を添えて空を見上げると、
そうラケシスはつぶやく。昨日も、その前もずっと雪だった。
寒さを少しでも防ぐためだろう。重く厚いそれがかけられた窓は壁にはめ込まれ、
開けることができるようには作られていなかった。
「そうのようですね」
自分もその隙間から空を見上げてフィンがその言葉に同意する。
「……レンスターではあまり雪が降りません。少なくとも、私がいた場所では。
そのため最初は珍しく感じていたのですが……。これだけ降ると色々厄介でしょう」
意味もないほんの軽いつぶやきに、どこまでも真面目に答えるフィンがおかしくて、
ついラケシスは笑ってしまう。その事に気づいて、彼が軽く照れくさそうな顔をする。
それは、今では日常になった光景。
「……変ですか」
「ううん、本当、フィンらしいって思ったのよ」
最初はあまり知らない同士で、それでもいつの間にか大事な人だと
互いに想い合うようになっていて。
想いが通じ合ってから色々と知らなかったことを知るようになった。
それは良い面ばかりではなくて、悪い面も確かにあったけれど。
それでも、好きだという想いがどんどん強くなっていくのを実感している。
それがとても幸せだった。
「らしい、ですか」
「そ」
言いながらフィンの横へと腰掛け、その目を見つめる。
「とてもフィンらしくて、好きよ」
その言葉に応えるかのようにフィンはラケシスの頬に手を添えて、そっと撫でる。
温かい手の感触が心地よくて軽く目をつぶれば、もう片方の手を添えてキスをしてくる。
お返しとばかりにラケシスもフィンの頬に両手で触れて、さらりと撫でた。
その頬から感じられる体温が、あたたかいというよりはむしろ多少熱くなっていて、
嬉しいような恥ずかしいような変な感じがする。
少し経って唇が離れた後にその首に腕を絡めるようにして抱きつく。
汗くさいのとはまた違うけれど、確実にフィンのものだと感じられる匂いがした。
同じことを思っているのだろうか、微妙に首筋に触れる息がくすぐったい。
触れあっている部分が次第にその境を曖昧にしてしまうほどの時間、
それ以上に何かをするでもなくただお互いに抱き合う。
その時間がとても幸せだと感じているのは、たぶんお互い様だろう。
ふとラケシスは思い立ってフィンの脇をくすぐる。一瞬身が堅くなるものの、
彼の表情に特にこれといって変化はない。
それでもめげずにくすぐり続けていると、その腕の隙間から逆にくすぐられた。
はじめは確かに我慢できたのに、そのうち思わず手が動いてしまった。
――とても負けた気分がする。
「悔しい」
「……何がですか」
「普段言葉に出さない割に、こうなんだから」
そう。普段のフィンはほとんど気持ちを言葉に表すことはしない。
一方的に自分の気持ちをフィンに伝えてばかりだと彼女は思っている。
もちろん、一緒にいることでフィンがそういう性格だと理解していた。
わかっていても、少し不満に感じずにはいられない。
しかも気持ちを言葉にすることが少ない割りに、彼が全く行動に出さないかといえば
そうでもないということが、ラケシスにとって微妙だった。
それが嫌だというわけではないけど。
ただ、なんとなく。
「私が無理にさせてるみたいじゃない」
そう思ってしまうのも事実。
ラケシスの言葉に、強く抱きしめることでフィンは返す。そして、その耳元で小さく言った。
「今ここでそれに答えても、貴方がさせたことになりますか?」
「……馬鹿」
その答えをラケシスに聞くことがまず間違いでしかない。
それでも聞いてしまうところが彼らしいといえば彼らしいのだが。
分かっていてやっているのか、そうではないのか。その間違いに気づくこともなく彼は続ける。
「無理にさせられていると思ったことは一度もありません。
私は、自分の意志でこうしています」
触れたいと感じ、抱きしめたいと思い。
生真面目だと人に言われる性格をしていても、それ以上の欲求だってある。
ただ、それを言葉にできないのは。
違う。敢えて言葉にしないのは。
「貴方に言われたいだけです」
言ってまた頬に口付け、ラケシスの目を見た。
「そう言ったら、怒るでしょうね」
どこかに少しからかうような雰囲気と、それ以上に真面目な気持ちを込めて言うフィンに。
当たり前じゃないと返しながらラケシスはその頭を抱くと、軽く撫でた。
温かいですねとつぶやいて彼は目を閉じる。
「フィンこそ」
そう頷きながら窓の外を見上げる。
いまだ白い雪は静かに降り続いていて、その静かさがとても心地よい。
――こんな日が続けば良いのに――
そんな考えが頭を過ぎる。それが正しくないことは十分承知してはいるけれど。
そのまま、静かな時間は過ぎてゆく。しばらくしてかすかな寝息が聞こえてきた。
「……フィン?」
返事はない。む、と思いながら胸の中にいる彼の顔を見る。
穏やかな寝顔がそこにあって、なんだかとても微笑ましい気分になった。
フィンの頬にまた触れようとして、頭を撫でていたそっと手を滑らす。
しかし、その手は途中で彼の手によって移動を阻まれてしまった。そして、軽く温かい感触。
「――お休みなさい、ラケシス様」
そう言って微笑むと、そのままもう一度夢の世界へと入っていった。
「……だから、様づけはやめなさいってっ……」
言いながら自分の頬が赤くなっていることに気が付いて、負けたような気分でいっぱいだった。
――絶対に、敵わない。
そんなことを思いながら。
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